2015年11月7日土曜日

インドの哲学

ヨガナンダの本を読んだりしている。
インドの霊性に関する哲学は、非常に興味深い。

彼らの述べる所では、この世界は幻影である。
物凄くリアルなので、幻影だと意識して過ごす人は少ないけれども。

その幻影の世の中で、我々は豊かになったり貧しくなったり、男になったり女になったり、作家になったりスポーツ選手になったり、一市民であったり大統領であったりするらしい。

なぜそんな場が必要なのか。

神が存在すると考える。そうすると、あらゆるものは神から出来ていることになり、神でないものはない。
それでは神はつまらない。
自己の素晴らしさを体験したくても、素晴らしさしかない世界では素晴らしさがわからない。

我々は神から個別化している、神と離れているという意識が持てる場が必要らしい。
物質世界で、我々は楽園を喪失したのだ。

しかし、所詮は夢である。非常によく出来ていても夢である以上、いつか醒める。
醒めた後は、神のところへ帰り、神の一部として存在することになるそうだ。
楽園に戻ることになる。

この世にある魂は、物質世界に何らかの欲求があり、そのために生まれる。
それが果たされるかどうかはわからない。
しかし、果たされなければ、また次の体に入る。ゲームは続く。

そうなると、相場はゲーム内ゲームだ。
私は相場を満喫しているが、相場も神が作ったもの、自作自演で遊んでいるということになる。

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